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一般事項
州都
デモイン市(Des Moines)・・・デモイン市名の起源は、1843年にラクーン川とデモイン川の合流点に、砦が構築された時にさかのぼります。現地先住民の古くからの語り伝えによれば、その地点はMoingonaと言われていました。後に、フランスの探検家たちがMoinと短縮して呼ぶようになり、その周辺の川は"la rivere des moines"(モインの川)と呼ばれました。これが、デモインの名のルーツということです。また、アイオワとは、Sioux族の言葉で、「美しき土地」を表すそうです。 
現在、日本からデモインに航空機で行く場合、主としてシカゴ経由、ミネアポリス経由、デンバー経由、デトロイト経由の四つのルートがあります。所要時間はどちらも大体同じ13時間前後です。デモイン空港は、市の中央から南西約7キロ、車で10 ̄15分のところにあります。
州花 野薔薇(Wild Prairie Rose - rosa pratincola)
州鳥 黄金ひわ(Eastern Goldfinch - carduelis tristis)
州木 オーク
ニックネーム The Hawkeye State
州知事
Governor Chester Culver
州人口
2,988,046人(US Census Bureau 2007 estimate)
主要産業都市 周辺人口 (人)
デモイン(Des Moines) 532,425
シダーラピッズ(Cedar Rapids) 249,320
ダベンポート(Davenport) 379,853
スーシティ(Sioux City) 144,654
ウォータールー(Waterloo) 162,348
面積
144,718キロ平方メートル(55,875平方マイル)
米国中西部のいわゆる「とうもろこし地帯」(the Corn Belt)の一部で、 周囲はミズーリ州、イリノイ州、ウィスコンシン州、ミネソタ州、サウスダコタ州およびネブラスカ州に囲まれています。 アイオワ州には8,094平方キロメートル(150万エーカー) の森林もあります。州の面積は、日本の北海道と東北6県の合計(150,334平方キロメートル)とほぼ同面積です。
海抜最高地
  Sibley近郊 約501m
海抜最低地
  Keokuk近郊 約140m
気候
大陸性で四季がはっきりしています。春と秋は快適なシーズンです。夏と冬は、日中の気温差が大きく、冬は-10℃を下回り、夏は30℃を超えることもあります。
デモインの気候【気温℃ 降水量mm】
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
平均気温 -7.4 -4.2 1.7 10.3 16.7 22.0 24.6 23.3 18.4 12.3 3.7 -3.5 9.8
降水量 25.7 28.4 55.9 81.5 100.6 106.2 81.8 104.4 78.5 54.9 38.6 26.7 783.1
アイオワ州のウェブサイト
www.iowalifechanging.com
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1673年以前 現在のアイオワ州内には、約17部族のアメリカ先住民が居住していました。[Ioway, Sauk, Mesquaki, Sioux, Potawatomi, Oto, Missouri等の部族]
その後、Sioux族のSantee派が1851に連邦政府と条約をむすぶ迄の約180年間に、すべての先住民の土地が政府に買収されました。後になってMesquaki族が一部を買い戻し、それが現在のTama Countyのインディアン居留地となっています。
[cf. Black Hawk Purchase]
1673年夏 フランスの探検家Louis JolietとJacques Marquette 牧師が5人の乗組員と共に、アイオワ川とミシシッピ川の合流地点に来たのが、現地人以外の最初の訪問者でした。 その際の日誌に、其の周辺の土地が緑多い肥沃な土地である事が記録されています。
1833年 その後300年に亘り、アイオワ州への本格的な欧州人の入植が開始されましたが、主な入植者は、オハイオ州、ペンシルべニア州、ニューヨーク州、インディアナ州、ケンタッキー州、バージニア州経由のドイツ系・北欧系の人たちでした。そして、デモインには1853年までに500人の住民が住み着き、市が形成されました。
1846年 アイオワ州の州憲法が制定され、米国の29番目の州になりました。
1854年 アイオワ州最初のステートフェアー(畜産酪農 品評会)がフェアフィールドで開催されました。現在でも、毎年八月の第四週には全米で最大級のアイオワステートフェアが開かれています。
1861-1865年 南北戦争で75,000人がアイオワ州から北軍に参加し、13,000人が戦争、病気で死亡。
1872年1月17日 日本から岩倉具視特命全権大使率いる訪米視察団一行約50名が、サンフランシコから大陸横断鉄道で首都ワシントンに向かう途中、オマハ - シカゴ間でアイオワ州を通過しています。その時の旅行記「米欧回覧実記」では、アイオワ州が描写されています。